古賀稔彦の病名は一体何?前立腺がんが死因?公表しない理由は?
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柔道の金メダリストで「平成の三四郎」といわれた古賀稔彦さんが53歳という若さで3月24日朝にご自宅でお亡くなりになりました。
関係者によるとがんで闘病中だったようで、昨年夏にがんの手術を受けて、その後一度は回復に向かったが、今年になって腹水がたまるなど症状が急激に悪化していったようです。
本当に悲しいニュースですよね。。
バルセロナ大会では日本選手団主将も務め、直前の膝の負傷を乗り越えて男子71キロ級で優勝し金メダル!
今思い出しても胸が熱くなります!
選手引退後は町道場を開いて後進を指導し、女子で強豪となった環太平洋大総監督も務め、アテネ五輪では63キロ級で優勝した谷本歩実選手が、コーチの古賀さんと抱き合って喜んだ場面は本当に印象的でした。

そんな古賀稔彦さんですが、当初死因が「病気のため」としか公表がなく、一体どうして?とSNSを中心に話題になっていました。
その後、「がん」とされましたが、今度はがんって一体何がん?という声が多く上がっているようです。
そこで今回は古賀稔彦さんの死因は何がんなのか?を調べてみました。
また、なぜ病名を正式に発表しないのか?理由についても考えてみました。

古賀稔彦さんの死因は?何がん??

古賀稔彦さんですが、2020年の暮れ頃のNHKの番組や「スッキリ!!」に出演した際にも「激ヤセ」しているとSNSで心配の声が上がっていました。

SNS上の心配の声
  • 古賀稔彦 激ヤセしとるやん ─ シンパイ
  • ニュースで見た古賀稔彦さんが激ヤセしててちょっとびっくりした。体調悪いのかしら…。
  • 古賀稔彦、最近痩せたって情報あったから大病なのかな。
  • テレビで久しぶりに見たけど随分と痩せていてびっくりしました。。少し気になります

その頃の写真がこちら!

これを見ると確かに、かなり痩せてますね。。しまっているというより頰がこけてしまっています。
それでも真剣な眼差しで指導している姿を今見ただけでも涙が出てきてしまいます。。熱すぎます。。
おそらくこのころはがんとすでに闘病中で体の調子もかなり悪かったと思うんですが。。

これだけ「激ヤセ」するとなると、やはり「がん」というのは皆さん、想像がつくようで、この頃から古賀稔彦」さんを検索すると関連ワードで「がん」が出てくるようになって来ています。

現在、「がんで闘病中だった」とは公表されていますが、病名までは発表されていません。
では一体何がんだったのでしょうか?といろいろ調べていると、こんなコメントを発見!

うん??どうやら「前立腺がん」との情報があるようです。
真偽は今現在では確かではありませんが、同じ「前立腺がん」という書き込みは他にもいくつか見られましたので可能性はあるかもしれません。

前立腺がんとはどんな病気?症状は?

前立腺がんとはどのようながんなのでしょうか??

前立腺がんは、前立腺肥大症とともに、中高年の男性において注意すべき前立腺の病気のひとつです。
前立腺がんの発生には男性ホルモンが関与しており、加齢によるホルモンバランスの変化が影響しているものと考えられています。

前立腺がんは主に外腺(辺縁領域)に発生します。ほかの臓器のがんとは異なり、ゆっくりと進行するため、早期に発見できれば、ほかのがんに比べて治りやすいがんであるといえます。

しかし、初期には自覚症状がほとんどないため、発見が遅れることがあります。進行すると最終的には骨やほかの臓器にまで転移することがあるため、早期に発見し、適切な治療を行うことが大切になります。

中高年になりやすく、初期症状がないため発見が遅れることがある。。怖い病気ですね。
病気が進んだ場合は、手術によって前立腺全摘するようですので、もし前立腺がんだったとするならばこれが昨年夏に手術した内容なのかもしれません。

また、前立腺がんは骨やリンパへの転移が多いようです。

骨に転移すると、痛みや麻痺、骨折が起こりやすくなるため、その症状を抑えるための治療が行われます。また、前立腺がんで骨転移が疑われる場合には「骨シンチグラフィ」という検査を行い、全身の骨の状態をチェックする必要があります。

骨転移の次に多く、前立腺がん転移の約4割を占めるのがリンパ節転移だといわれています。特に骨盤の中の前立腺の周りに多く見られることが特徴です。

このように見てみると、
前立腺がん→手術→がんがリンパへ転移→多臓器へ転移→腹水が溜まる→末期がん
が古賀さんが亡くなってしまった原因と考えられます。
がん性腹水は末期の患者さんがなる症状と言われているようですので、古賀さんが症状が現れた段階ですでに病魔が体を蝕んていたってことでしょうか・・

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病名は公表しない理由は?

ここでは、記述から「前立腺がん」では?と結論づけましたが、なぜ病名を公表しないのでしょうか?
表しないことで、WEBで上では「新型コロナでは?」「自殺?」などの憶測が飛んでいます。その後「がんで闘病中」との情報が出たことでとりあえず、一段落はしたようですが。。

なぜ、病名を公表しなかったのか?
理由を調べてみるとこんな記述を発見!

自分のお母さんには心配するから言わないで、と亡くなるまで病気のこと伏せていたとのことなので、お母さんに話するまで公表しなかったのでは

さらに「ミヤネ屋」での取材に対しても、佐賀にお住まいの古賀さんの母親である愛子さんが以下のように話していたようです。

古賀さんは自らの病を伏せていたといい、「病気を知らなかった。やっぱり私には『言わないで、言わないで』ということやったらしいんですよ、自分の病気を。それで知らなかった。何の病気かも知らないですしね」と気丈に述べた。さらに「今テレビ見て手術したとか(知った)。この2、3日、検査入院でいろいろあったらしくて、そこから心配したような感じで、それまでは全然知らなかった」と打ち明けた。

要は、自分の親を心配させたくない一心で病名自体を隠していたということですね。
自分の命が取られるかどうかの瀬戸際にまだ母親のことを考えるというその姿勢。
なかなかできることではありませんよね。本物の人格者なんだとしみじみ思います。

病名を公表しなかったのは母親を心配させたくなかったからが、理由なのは間違いないです。
ただ、あまりに変な推測がなされていたため、「がんで闘病中」との情報だけご家族が後にリリースしたのではないでしょうか?
本人の名誉もありますからね!

まとめ

今回は53歳という若さでこの世を去ってしまった金メダリストの古賀稔彦さんの死因についていろいろ調べてみました。
本当に惜しい人をなくしたとしか言いようがありません。今後の日本の柔道界には絶対に必要な人材だったはずですし、コロナがなければ、東京オリンピックでまた教え子がメダルを取って、自分のことのように喜ぶ古賀さんが見れたかもしれない。
足を引きずりながら、古賀さんに怪我をさせてしまった後輩の吉田秀彦さんへバッシングをふっとばすため、奮起し金メダルを取った姿には、日本中が歓喜したと思います。あなたは日本の誇りです!!天国に行って少しゆっくり休んでください。
きっと東京オリンピックでは、後輩や教え子たちが頑張ってくれると思います!!安らかにお眠りください。

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